統合失調症統合の軌跡「四次元ストーリー ビックバン伝説」 


 

                        
目次
 プロローグ
  善と悪のバッキング
  突然の変化
  四次元の世界に
  バッキングによる混乱
  徳と才
  借金と金権政治との戦い
  中国女性「春華」
  父の死
  資格試験に挑戦
  政治の立て直し
  不動産営業活動
  第四宗教の概念
  母の死
  交通事故
  山積する問題に挑む
  聖霊・生霊
  四次元ストーリー

プロローグ
  
 私が統合失調症を発病したのは、今から約18年前、ホテルの増築現場で現場監督の仕事をしている時から始まりました。
 光の戦士~統合失調症統合の軌跡~では、統合失調症の症状、統合失調症の統合に必要な考え方、統合失調症の統合には、哲学の完成が必要であることを、私なりに本にまとめたつもりです。
 統合失調症のいろいろな人の症例をたどっていくと、それぞれの人にそれぞれのストーリーがあります。症状の中には共通して登場する神々(イエス・キリストや仏)、また共通して認識される事項(UFOなど)において、ストーリーが展開し、あたかも映画の主人公にでもなったかのようなドラマがあります。症状において、光の戦士論でも述べましたが、光のネットワークという魂の会話により、三次元と四次元という概念の中でストーリーは展開して行きます。目に見える世界である三次元と、心の世界である四次元。
三次元を生きている我々にとって、四次元的物事の考え方は、統合失調症の統合の中で初めて語られるのではないかと思います。四次元の世界は、心の世界であり、宗教的な世界でもあり、また神との交わりの世界でもあります。光のネットワークと称しますが、症状を持つ人の中には、テレパシーであるとか、超能力と表現する人が多いのも事実です。
四次元の光のネットワークにおいてなされる事柄、人間の魂、人生というストーリーを、四次元ストーリーとして書き綴ったものです。精神医学的には、幻覚であるとか、幻聴と捉えますが、その四次元ストーリーは、三次元とリンクしていくのも事実です。統合失調症の統合は、心の統合であり、統合されて初めて心の平和がもたらされます。この四次元ストーリーをビックバン伝説として、本にまとめたものです。
 ここまで来るまで多くの支えてくれた人たち、東城クリニックの東城先生、友人達には、心から感謝したいと思います。
 同じ症状で苦しむ人たちの症状の改善に、少しでも役に立てれば幸せです。
 また本を出版するにあたって、武田出版の皆様のご協力にも、本当に感謝致します。
 この本で人の輪の大切さ、神の存在を感じていただければ幸いです。ありがとうございます。

             著者 高橋 章

 この物語は、1992年冬から始まる。

 善と悪のバッキング

 私は、大学を卒業し、家業を継ぐために実家に帰り、現場監督の仕事していた。会社は建設業で地元では中堅クラスの規模の会社であった。仕事は主に一般住宅の在来工法、リホーム等を中心に担当していた。大学卒業してからあまり時間もたっておらず、現場監督としてはまだまだ経験も実績も浅かった。そのころ、一級建築士の資格を取得するために、日建学院に日曜日になると通っていた。
 ホテルも経営していたので、その縁で青年会議所の活動に参加していた。会議所の活動は、私には新鮮で、会議所の仕事にしても、ネオン街での飲み会や、ゴルフなどはそのころの私の生活の一部になっていた。
社会活動における基本やマナーは、やはり学生時代とは異なり、政治、会社、お金、女性関係など、社会人となって学ばなければならないことばかりだった。
私も年頃になったので、嫁さん探しを始めなければならないと、気になる子を探し始めていた。そのころ気になる子は2人いた。一人はネオン街の子で、もう一人は銀行の子であった。ネオン街の子は、その頃付き合っていた友人の妹が務めているからと誘われた店で、その店でチーママをしていた子だった。
年は、22歳と若いのだが、すでに子供が2人いて、旦那と別れてアパート住まいをしていた。何故かその子に惹かれ、猪苗代湖までドライブをしたこともあった。大学では麻雀と大学の宿題に明け暮れていたので、女っけはぜんぜんなく、ただ女性を愛の対象と捉えていただけで、女性の免疫はまったくなかった。
 もう一人の銀行の子は、叔父が、会社を経営していくのには銀行の子を嫁にするのが良いというような話を雑談の中でしたのがきっかけで、その頃地元のサークルにいた髪の長い子に気を留めるようになっていた。
 青年会議所のクリスマスパーティーでバンドを呼んで、ダンスパーティーを開くことになった。その頃私は会員委員会で、青年会議所のパーティーなどの段取りをするのが、青年会議所での仕事だった。私の地元サークルでバンドをしているグループがあったので、そのバンドにクリスマスパーティーのバンド演奏を頼むことにした。そこで私が考えたのが、銀行の子をクリスマスパーティーに呼んで、そこでオンリーユーを歌おうと考えた。まだ声をかけたばかりだったが、その子の気を引くためにはこれは良い機会だと思い、英語の歌詞を一生懸命覚えた。クリスマスパーティーが近づき、銀行の子を誘おうとしたら、車を廃車にしてしまい、クリスマスパーティーには行けないと言われた。それでは私の車を貸すから、ぜひ来るようにと私の車のキーを渡した。
 パーチィーが始まり、その子が来るのを待っていた。しかしその子は現れず、私のオンリーユーは会場に響いただけだった。
 翌日だったと思うが、鍵を返してもらった。
 私には、耳があまり良くなく、太っているという欠点があり、その子に声をかけるのに84キロまで体重を落とした。地元のサークルでもずいぶん痩せたと言われ、ダイエットしながらふらついていたのは、今でも覚えている。銀行の子が、パーティーに来てくれなかったので、それでは電話攻勢しようと思い毎日電話をかけ始めた。しかし毎日電話をかけるのだが、その子の家の電話は全然出ることはなかった。私は腹が立ち始め、一か月電話をかけて電話がつながなければ、その子のことはあきらめようと思った。最後の日、結局電話はつながらず、その子のことはあきらめようと思った。
 銀行の子にさよならをして、一級建築士の勉強もあるので、仕事と勉強に打ち込もうと思っていた。
 数日たって、地元のサークルで、銀行の子にあった。態度を見ていると、クリスマスパーティーでその子にオンリーユーを聞かせようとしていたことが、その子の耳にも伝わったらしい。ただ自分の気持ちはその子に対して切れていたので、どうしたものかと考えてしまった。結局一度会って、付き合いはやめようとその子に伝えようと思った。電話がつながらないので、その子に直接電話のことを聞いてみたところ、どうもその電話はその子の家の経営している店の方へ掛っていたらしい。
しかし、その子への気持ちは切れていたので、その子に会って別れ話をした。
 それまでの間、親とも話をしていたが、どうも私の父とその子の母親は何度かデートしたこともあったらしく、その子の両親の縁結びは、私の両親であったことを聞いた時は、さすがにビックリした。
 それからは、勉強と仕事と青年会議所活動に打ち込んでいたが、ある夜に従兄の母親が現れ、私の母と話し込んでいた。話の内容を聞いてみると、従兄がそれまで付き合っていた彼女と別れて、私の声をかけた銀行の子と結婚すると言い出したと、私の母に相談を持ちかけに来たらしい。私としても少し異様な気がしたが、私がその子に声をかけたことがあることは、従兄の母親には話さなかった。
 しばらくたってから、地元のサークルで宴会の段取りをする委員会の集まりがあった。そこでの話は、次の委員会の集まりに銀行の子が来るという話を盛んにしていた。しかし私のいる委員会にその子が来るのは、その子の真意は私には解らなかった。
 次の日、その子の努める銀行に直接電話をかけ、その子の真意を聞きたかった。委員会が終わった後で会いたいというので、会う約束をして電話を切った。
 委員会の日、会場は私の会社の応接室を使うことになっていた。ソファー全員揃い雑談が始まった。すると突然、銀行の子がその子の隣にいるサークルの一人に交際を申し込み始めた。
私には、その光景が信じられなかった。サークルの話に私は参加せず、車を乗り回していたのを覚えている。

 突然の変化

 おかしなことが私の周りに起こり始めたのは、それからである。
 私の付き合っている、交際関係が全ていっぺんに私を、交際関係から外そうと動き始めたのである。私は、なぜか一連の事件で物事が動き始めたように見えたのである。友人関係、会社、青年会議所、私の取り巻く友人関係の雰囲気が違うのである。あまりにも突然の動きに、私は床で寝込んでしまった。母は心配して私に、教会の牧師のテープを買ってきてくれた。有名な牧師らしく、その牧師のテープは、まるで私には泉のようであった。あの日の出来事をバッキングと名づけたが、私にしてみれば善と悪の衝突であり、自分の持っている哲学を壊されたと同じであった。しかし、まだその頃の私は、自分の魂の持っている哲学を言葉では全て表現出来なかった。
仕事に戻るようになったが、自分の哲学が壊され生きる力がバラバラになっている状態である。仕事に身を入れるという状態ではなく、自分の持っていた自信ややる気がバラバラにされた状態である。世の中というものに対して、無知というものを肌で感じた。
まず自分を立て直さなければならない。少し仕事から離れて自分を整理する時間が欲しかった。父に話すと父は、教会に行くように勧めた。母からもらったテープの説教をする牧師のいる教会へ行って、自分を取り戻すように父から言われた。仕事は先輩の現場監督にまかせ、しばらく教会に行くことになった。
母と教会を訪ねた。その教会はカウンセリングやキリスト教を通じての社会活動等を積極的に行っている教会で、教会での生活を快く迎えてくれた。しかし、母に泣かれたのは辛かった。教会で生活するのに、アパートを見つけリサイクルショップから生活必需品を買い揃えた。社会人になってから、ただ親に甘えるだけの自分に、辛い気持ちと教会で生活する安堵感が入り混じっていた。
教会での一人暮らしが始まった。朝教会に行き、牧師の説教を聞いた。教会で仕事をしている人たちに、毎朝説教するのである。教会の人たちは、みんな優しかった。教会は人の優しさで満ち溢れていた。教会の仕事を手伝ったり、教会の社会活動に参加していくにつれ癒されていった。一連の事件の中で思ったことは、世の中には目に見えない力が働いているのではないかと感じたことである。教会で生活をしている中で、その見えない力を見極めようと必死になっている自分がいた。
教会で生活すると、自分を取り戻す時間は早かった。自分を社会の中でどう表現するのか?教会に来る前の自分より気を遣うようになったのは確かである。人の気持ちというものに対しての気の使い方は、少し過敏な状態になっていたかもしれない。気の使い方は人それぞれで、細かく気を使う人もいれば、まったく気を使わない人もいる。この細かく気を使うことが、世の中に働いている力に大きく作用しているのではないかと、勝手に解釈したようなところもあった。
教会での生活で、自分を取り戻すことが出来た。教会では、自分に与えられた環境と時間にひたすら感謝していた。仕事に対する意欲や青年会議所活動に対する意欲など、やる気はほとんど回復していた。
教会の生活は、六か月間ぐらいだったと思うが、教会の生活に別れを告げ、仕事に復帰するようになった。
家に帰ると、ホテルの増築の話が、着々と進んでいた。ホテルの増築は。ジョイントベンチャー共同企業体で施工するようになっていた。ホテルは自分の家の会社がオーナー会社で過半数の株を持っていた。自分の家の会社からも、だれか一人共同企業体に参加することになっていた。建物は、SRCで私はまったく経験がなかったが、共同企業体では現場事務所内での雑用係が欲しいということで、私が共同企業体に呼ばれた。
 ホテルの増築が始まった。仕事は、現場事務所内での雑用である。教会にいた時に、一級建築士の試験があった。二次試験は製図で図面は書きあがっていたので、少し自信を持っていた。
 現場事務所がホテルのそばに移された。駅前であったため、ホテルと隣の大型スーパーの通路帯の上に現場事務所が造られた。
 その日は、朝から机に向って、現場作業を説明するための、パネルを作っていた。すると後ろから主任の声が聞こえた。振り返ると主任は机に向って仕事をしている。私を呼んだ形跡はない。私はまた向き直って、仕事を始めた。するとまた後ろから主任の呼ぶ声が聞こえる。また振り返ると、主任に私を呼んだ形跡はない。統合失調症の始まりであり、
四次元に入った瞬間でもあった。

 四次元の世界に

 私は最初、戸惑いの中で四次元という概念ではなく、光のネットワークという概念で、この現象を整理した。四次元に私は神であるという存在が現れた。しかし、突然死ね死ねと言われた。私はそれまで神を信じ、少し悪さをしたことはあるが、神から死ねと言われるような生き方をしていない自負があった。私に死ねという神に対し、全然聞く耳を持たなくなっていた。精神病にかかったなどという認識はなく、大人になるとこうなっていくのかなどと思っていた。自分の状態を考えると光のネットワークの中心におかれ、平井和正の書いた幻魔大戦の主人公東丈になった気分だった。幻魔大戦は長編の大作で、高校時代全部読破した。平井和正の世界が好きになり、犬神明で有名なウルフガイシリーズなども全部読んでいた。善と悪の戦いであり、東丈は光のネットワークを説いて、超能力者となり幻魔と戦う。その幻魔とは人間の心に現れる悪を具現化したものであり、その幻魔から光のネットワークによって宇宙を守るというのが幻魔大戦のストーリーである。大学の時に吉祥寺に住んでいたが、小説の中で東丈が住んでいたのが吉祥寺という設定だったので、幻魔大戦の感化から東京で住む所を決めた大きな理由の一つでもあった。
 四次元に入ると、はじめ私の過去のバラシが始まった。私の過去で何をしてきたのか。その過去で何を思ってきたのかなど、現場事務所内の三次元がリンクして行われていく。四次元で協力的な人は、三次元でも協力的であり、四次元で非協力的な人は、三次元でも非協力的である。その現象は、一連の事件の原因探しを始めていく。四次元には大学時代の友人や、中学校時代好きだった子、その時付き合っている青年会議所のメンバーなど、ごちゃまぜになって一連の原因探しをするのである。そこに政治や経済におけるお金の話が絡むという状態で、登場人物も多岐多様である。
その頃はバブルのピークの頃で、政治的には政治不信の塊になっているような時代でもあった。金権政治が国民の怒りを買い、政治そのものが混乱し、政界再編、二大政党政治への混乱期でもあった。それまでの私は、それほど政治には関心はなく、政治というものはそういうものなのだろうとぐらいしか認識していなかった。ただ自由民主党の言っていることは、子供の頃から当たり前のことを言っているように聞こえていた。私の考え方は政党政治をする場合、柱になる政党がなければ、政党政治は機能せず、二大政党であれば、大統領制でないと政治が機能しないと思っていた。
政党政治を行う上で、いろいろな考え方とそれぞれの理想の中で、一つの政党の考えを柱として政党政治を行う方が良いのではないかというのが、四次元の中での私の意見だった。
私の父は、いろいろな政治家の選挙応援を頼まれ幹事長なども数多く務めていた。政治家との付き合いも多く、私も父の応援している政治家を応援していた。その頃の私は、いろいろなお願いというのは政治家に頼むものだと思っていた。また父が応援しているので、お願い事は聞いてもらえるのだと思っていた。
それは三次元であれ、四次元であれ同じだと思っていたところがある。
その内にだんだん自分が四次元の中心になっていくことに気付いてくる。はじめは一連の事件の中心であったが、だんだんと四次元の中心になっていくのである。はじめ四次元に対して遊びの感覚であったが、周りの三次元の状態が異様な感じになっていくことを感じた。その頃はまだ四次元ということに対しての概念は頭の中になく、光のネットワークでの東丈の気分だった。自分の持っている正義感は、だれよりも強いと感じ始めるのはこの頃からである。
三次元と四次元がリンクは、まず周りの態度がリンクしているのである。三次元の周りの態度がリンクするので、四次元を無視できるものでもない。
ホテルの現場事務所内での生活も一年近く過ぎようとしていた。青年会議所に一度戻ったのだが、青年会議所での活動が面白くなくなっていった。結局、その青年会議所はやめることにした。
四次元の状態のせいもあると思うが、自分の正義感を大事にしたかった。
その生活は、まさに東丈であり、戦いの日々の連続でもあった。
 一級建築士の試験は合格できなかったらしい。合格したかもしれないと思っていたので、残念だった。
 たまに小中学校時代の友人と飲みに行くのが楽しみだった。みんなで溜まり場にしていた店は、高級感があってカラオケのない店だった。私のお目当ての子は、飯島直子似の美人で一生懸命口説いていた。あまりしゃべらない子でいくらデートに誘ってもOKしてくれなかった。教会で生活を始めた時から通い始めた店で、付き合いは長かった。その子にも子供がいて、私が惚れる子には決まって子供がいた。ネオン街の子には、子供がいる子が多いが、子供を産んでから、いい女になるというのは、ほんとの話なのだろう。
 仕事の方が、急展開していくのは、それからである。
現場事務所の主任が転勤するらしい。現場には所長がいたが現場の実務は主任が仕切っていた。この主任の声から四次元に入るようになるが、主任は協力的で一級建築士の資格も持っていた。もう一人係長がいたが、この係長は別の会社の社員で、きちがいじみたところがあった。三次元の態度を見ていると、泣きながら狂っているようなところがあり、見ていて気持ちが悪かった。主任が転勤になったら係長が現場を仕切るらしい。転勤していく主任も不安がっているところもあった。
四次元では、主任といつも動いていた。主任も正義感が強く、ロマンチストなところがあった。
主任の転勤が決まってから、四次元で、完璧全部俺に渡せと、突然ある政治家が言い出した。しかし私はそれを拒んだ。主任が転勤になってから、現場を仕切り始めた係長が狂いだした。笑った顔などとても見られたものではなかった。
四次元で今度は別な政治家から、県から出て行けと言われた。その一言は、さすがの私にも堪えられなかった。
現場事務所にも、行くのが嫌になり、かといってなかなか親に現場事務所の状態を言えなかった。それまで、東丈の気分で過ごしていたが、主任がいなくなったことで、現場事務所に誰一人味方がいなくなってしまった。現場事務所の雰囲気が一遍に最悪になったことで、精神的に追い込まれてしまった。その晩、しばらく非難するつもりで、北海道に車を走らせていた。
津軽海峡の連絡船の乗合室は、ほんとにさびしかった。津軽海峡を渡り、北海道に車を下ろし、札幌でも向おうかと車を走らせた。夜はまだ明けておらず、港の倉庫の街灯だけが輝いていた。夜の北海道の道路を走らせていると、四次元に父が現れ、帰って来いと私に告げた。今思うと、父が四次元に現れたのは初めてだった。私は父の声で車の進路を家に向けた。
夜が明けて行き、北海道にも朝日が昇り始めた。私を県から出て行けと言った政治家が四次元に出てきて盛んに私を責め続けた。函館の連絡船に乗り込み、船の中では一等席の部屋を取った。部屋で休み、これから家に戻ってからのことを考えていた。その時、猪苗代までドライブした子が出て来て、海に飛び込めと言った時には、信じられない思いがした。それまでの私の四次元の感覚は、ほとんど半信半疑である。ただ三次元と四次元はリンクしている。私自身の行動として、四次元で行動を起こしているのが自分としては自然なのである。
 家に戻ると父と母が和室の居間で心配そうな顔をしていた。警察に捜索願を出す相談をしていたらしい。父は現場事務所での私の生活をなんとなく解っているような雰囲気だった。私は初めて父と母に四次元のことを話した。私は精神病院に連れて行かれ、即入院、典型的な精神分裂症だと言われた。私はそこで初めて精神分裂病という病気であることを知った。患者棟には入院している人たちが、喫煙室でタバコを吸っていた。病院のベッドで、なぜ私がそこまで責められなければならないのか考えていた。どこから考えていっても、私は間違っていない。私は正しいのである。四次元に政治家がいろいろ出てきて私にいろいろ言うが私が正しいのである。寝ていると四次元にゴムエックレムという謎の女性が出てきた。ゴムエックレムは私の気持ちを分かってくれた。私は家に電話して、すぐに退院したいと父に告げた。母が迎えに来てくれた。車の中で憲法と法律の勉強をしようと思った。
家に帰ってから、日本国憲法を調べた。自分の今の状態を考えたときに、四次元の中心におかれるのである。この状態をアートフォースと名づけるのだが、この状態を政治家に頼ることによって自分の存在を維持しようとしていた。国を統治しているのは、憲法・法律であり、権力は政治家に渡されるが、またその政治家も憲法・法律に支配される。政治家の権力は国民の恩恵のためにあると謳う。その当時、日本では金権政治を壊さなければならないという雰囲気があった。金権政治で有名な政治家が政治の実権を握っているという時代でもあった。その頃の私は、四次元におけるアートフォースの力というものをまだ認識してはいなかった。
一級建築士の合格がかなわなかったので、宅地建物取引主任者と行政書士の資格をダブルで取得しようと思っていた。早速、勉強を始めていた。
私の両親は、勉強をすることに関して、本当によく応援してくれた。宅地建物取引主任者は、学校に行くようにして、行政書士は自分で教材を購入して、独学でするようにした。
宅建の学校は、まだ始まらないので、行政書士の勉強から始めた。行政法の勉強をしているときに、法規裁量行為形成的特許と代執行という法律を知った。法規裁量行為形成的特許とは強制的に憲法・法律を守らせるものであり、裁判官の裁量によって与えられるものである。また代執行とは、有害物などを除去することを、国に代わって執行する法律があることを知った。
四次元で裁判官と国会議員に頼んで法規裁量行為形成的特許にしてもらった。法規裁量行為形成的特許とは自由裁量行為形成特許と違い、国会議員にも口をはさませさせない強力な法律である。代執行する権利を頂けるように頼み、おかしなことを言っているヤツを四次元で代執行するようにした。
 四次元に入ってから生きる心地がしたのはそれからである。
 四次元の中で、金権政治を代表する政治家が、四次元全体を仕切ろうとしていた。それを支持する会社もあり、その姿は、日本のフセインのようでもあった。政治家の乱暴な権力により恐怖心を与え、人をコントロールし、一部の特権階級を作り出して、世の中に動くお金をコントロールしようとするものだった。私はそれをパンドラモンゴル至上主義と名づけたが、四次元の中でさまざまな思いが交錯していた。
 三次元でも、金権政治を壊そうという動きが、徐々に出始め自由民主党が分裂し、新進党が出来上がった。二大政党を作ろうとする大きな動きであるが、政治のうねりのようなものを感じていた。昔の社会党は、子供時代の私の目から見ても、少しおかしなところがあり、自由民主党の言うことは何でも反対し、当たり前のことでも、反対していた。吉田茂元総理大臣のバカヤロー解散は有名な話であるが、国全体が望むのは、自由民主党と同じ考え方のできる政党によって、日本を良くし、政治の浄化を図ろうという考え方である。日本はアメリカのマネをしようとするところが、多々あるが、形だけまねても仕方がない気がしていた。日本の選挙制度も、中選挙区制から、小選挙区制に移行し、より政党分けを明確にしていった。
 私は、遠赤外線に入っていた、宅建と行政書士の勉強を続けていた。四次元で法規裁量行為形成的特許にしてもらってから、精神的に落ち着いていた。ホテルの増築は完成し、現場事務所にもいかなくなったので、気は休まっていた。しかし、ホテルでの現場事務所の騒ぎは、まったく異常でしかなかった。
自分自身まだ勉強不足なことが多く、資格は何も持っていなかった。その悔しさから、宅建と行政書士をダブルで取得を目指していた。
四次元に、県から出て行けと言った政治家が出てきた。私に県から出て行けと言ったのは、金権政治で有名な政治家を倒さなければならないと私に言うのである。私が現場事務所でしていたことは、社会を作り上げていくという哲学がまるでないと私に教えるのである。その金権政治で有名な政治家は、政治家として一番強い力を持っていた。私には、その政治家を倒すなどという発想が出てくるわけもなく、現場事務所にいたときは、四次元で、その政治家に、若き経営者なので、よろしくお願いしますと挨拶していたぐらいである。私にとっては、まったく雲の上の存在で、その政治家を倒すなどという考え方をする訳もなかった。しかし、県から出て行けと言った政治家は、社会というものを築き上げるためには必要なことなのだと私を説き伏せた。私はここで覚醒させられた。県から出て行けと言った政治家と仲直りした。資格を取得しているようだが、宅建一本に絞って、集中して勉強した方が良いともアドバイスしてくれた。覚醒した私にとって、政治というものの見方が180度変わってしまった。それまで政治家というものに対して、ものを頼むという考えしかなかった。政治家の持つ理想に対して、支持してそれを応援するという姿勢に変わった。自分自身としても、政治にというものに対して哲学をするようになった。人間というものに対してや、友達であるとか、人間関係や人生に対して、少しばかりの哲学をしたことがあったが、人間、政治、経済、世界、文化あらゆるものに対しての哲学を深めていくようになった。
四次元でも、特に選挙が近くなると、どの政党、どの政治家を応援してほしいという動きが激しくなる。私は正義感が強いせいもあって、おかしな政治家は応援したくなかった。私の父は政治家の付き合いが多く、四次元の中にも、相変わらずいろいろな政治家が出てきた。
一番ひどかったのは、完璧全部渡せと言った政治家で、この政治家はすべて命令調で自分に従わないと、ほとんど暴力団である。これにはさすがに参った。父の関係もあり、四次元でされることは、ほとんど暴力団であり、
それを延々と繰り返すのである。さすがに応援する気は、全然なくなっていった。選挙の投票日、雨の降っている中、父と投票所に行き選挙をしてきたが、完璧全部渡せと言った政治家には投票しなかった。父には黙っていたが、自分の応援する政治家がいないというのはむなしかった。完璧全部渡せと言った政治家の四次元の暴力行為は続いていたが、突然、完璧全部渡せと言った政治家が倒れた。私は神に守られている気がした。暴力団行為を続けられていたのでは本当に気がめいってしまうところだった。この政治家は金権政治で有名な政治家とつながりがあり、光のネットワークにおいて、自分のアートフォースが一つの力になっていることに気付き始める。
 パンドラモンゴル至上主義、金権政治を倒すためには、金権政治で有名な政治家を倒すしかない。行き付けの店の、飯島直子似の子にようやくデートの約束をしてもらった時である。サザンオールスターズのコンサートを一緒に見に行く約束をしてチケットを買った。私も楽しみにしていたし、その子にはプロポーズしたこともあった。いい加減な気持ちでは付き合っていたわけではなかった。しかし四次元で戦わなければならない。買ったチケットを2枚封筒にいれ、借りていた千円を封筒に入れた。握りしめた拳は今でも忘れない。
四次元の現象は三次元にリンクしている。
それは、半信半疑の部分とすべて現実なのだという思いが交差していた。彼女に送ったチケットは今でも半分後悔しているが、今思うと、そのチケットが2人のチケットだったら、ただ辛い思いをさせただけだった。その子は、四次元では、父に評判が良かった。素直な子だと、いつも父が褒めていた。
 四次元の、光のネットワークのつながりがよく解らないままだった。ただ私がアートフォースになる前、父がアートフォースだったということを優秀な叔父から初めて聞いた。
四次元に関して、昔からのストーリーがあるのである。それは祖母の時代までさかのぼるのである。祖母たちの時代、アメリカナイズの考え方が、日本をおかしくしていくのである。祖母たちは、それを食い止めようと三次元でも四次元でもアメリカナイズから国を守ろうとするのである。父はアートフォースとして、誕生する神の父とされた。
我が家の家系は、菅原道真公の子孫で学問の神の子孫であると、祖母が昔から言っていた。父はアートフォースとして会社を経営していくが、父は経営者として、早くして祖父を亡くし、家業を早くから継いだ。製材所をしていたが、祖母と父とで会社を切り盛りし、お金の面ではずいぶん苦労したようである。母と結婚し、私が誕生するが、私の名前を章と名づけた。
私は四次元では、神と予言され成長していく。

バッキングによる混乱

会社にいる叔父や、叔母たちは私を守り、私を教育していく。病院に入院したとき、ゴムエックレムとして出てきた名前の女性は、実は、従妹で昔から妹のようにして育てられた女性である。私が四次元に入る前、父たちに、金権政治で有名な政治家から、父たちを死刑にするなどという暴言がなされ、父たちは、自分の身近な政治家と連携を強め、金権政治で有名な政治家に、歩調を合わせる態度をとった。父はアートフォースであったが、その当時、金権政治で有名な政治家の力は強く、金権政治で有名な政治家の軍門にくだっていた。
そして、バッキングが起こったのである。
それまで四次元ではさまざまな動きがあったようである。日本の国がアメリカナイズで蔓延し、国の形が少しずつ変わっていった。
アメリカナイズが人類の教えを少しずつ破壊し、人類の教えを軽く考えるようになってしまった。そこには人類が宇宙へ足を踏み入れたことも関係するのだと思う。人間としての絶対感は、人類の教えにあると私は思っている。それが、人間のおごりにより、自由を価値観とし、人間の幸せだけが絶対であるというような、社会的な雰囲気を造り出してしまった。お金がなければ生活はできない。経済の繁栄が人類の命であり、経済の繁栄こそが人類にとって一番大切なことなのだと、造り上げていく。経済を繁栄させるものはアメリカナイズであり、人類の教えを大事にすることより、アメリカナイズには、目をつむった方が、人類繁栄のためにはよいのだというような考え方が経済の考え方の主流になっていく。アメリカナイズとはSEXは自由、なんでも自由というような考え方であるが、そこには人類の築き上げてきたものを、経済のために壊すというような考え方になってくる。人類を繁栄させてきたものは、人類の教えである。四次元において、金権政治で有名な政治家の出現は、日本の国の形を変えていった。その姿は、人類の教えを破壊しながら力をつけていくのとまるで同じであり、経済優先の考え方が、経済の繁栄は、アメリカナイズであるというような錯覚を造り出しているのに気付かないのである。
日本は戦後、計画経済のもと成長していく。日米安保条約により、防衛はアメリカにまかせ、経済に力を注ぐことにより、成長していった。20世紀の考え方は、心には善と悪があり自由にすればなんでも、うまくいくというような考え方が支配していた。自由を絶対の価値観として、人類の統合を造り出そうとしているようにも見えた。
しかし、自由とは良識のもとに成り立っていることにより、代えがたいものである。憲法・法律上も、思想・哲学以外、自由とは公共の福祉の上に成り立っている。自由の意味だけ、極論していくと、その姿は破壊である。四次元における戦いは、人間の心に発生してくる悪との戦いである。スターウォーズで例えるならば、悪とはダークサイドである。アメリカナイズ、嫉妬と妬み、悪の煩悩、心の三悪と名づけたが、四次元には心の三悪に染まった魂が多々登場してくる。それが三次元とリンクしていくのである。光のネットワークの戦いは、幻魔大戦のようでもあり、スターウォーズのようでもある。ある意味で哲学と自由の戦いでもある。ギリシャ哲学に、コスモスとカオスがある。コスモスとは秩序であり、カオスとは混沌である。コスモスとカオスとは混在するというのが、ギリシャ哲学である。ウルトラマンシリーズとは、このギリシャ哲学のもと創られている。コスモスを守っているのが、ウルトラマンであり、悪となったカオスが怪獣である。子供のころ見ていたウルトラマンシリーズが、四次元で意図するかのように、四次元のストーリートとリンクしていくのである。国において権力は政治家が持っている、その権力は国民の恩恵のためにある。憲法・法律は国の繁栄のためのルールであり、国は憲法・法律が支配する。いつのまにが、自由への価値観は、権力者の自由に変わり、その権力が自分のために使われるものという乱暴なものとなっていた。そこで生まれていったのが、パンドラモンゴル至上主義であり、乱暴な政治家と特権意識のある会社で作った、兵法による一種の恐怖政治である。悪の煩悩によりお金を動かし、悪の煩悩を肥大させ、乱暴な政治家が私腹を肥やすというようなことがなされていた。
経済界は混乱し、悪の煩悩による恐怖政治に対する恐怖により、人間不信になっているものが多く、中には破滅願望を持つ者までいた。
 四次元で自由民主党と話すようになった。それまで自由民主党は、ずっと静観していた。社会は政治不信になり、金権政治に対して怒りに近い感情もあり、そのうねりが自由民主党の分裂と二大政党の動きを加速させた。
 新しく生まれ変わろうとする自由民主党と約束をした。それは憲法・法律を守ること。
四次元において、そこには憲法もなければ、法律もなく、まったく無法地帯だった。私のアートフォースは一つの力になっていることを感じていた。自由民主党と共に長い戦いが
始まった。私の四次元の戦い根っこは、バッキングにある。私はバッキングしたときは、まだ四次元には入っていない。私はその時は三次元だけで動いていたが、何か私が知らないものが、動いているのを何か感じていた。四次元にしても、一生懸命になり出したのも、これは、お墓に入ってからも延々と続くものだと感じたからである。四次元から聞こえてくるのは、いろいろな有名な人物が、アートフォースだったことが聞こえてくる。池田隼人、毛沢東、ヒットラーはアートフォースだったと光のネットワークの中で、語られている。アートフォースとは仏教芸術の曼陀羅の中心におかれるというのが、アートフォースの状態であり、四次元で自分の声が通りやすくなる。そして自分の声に対して曼荼羅における周りが反応するという状態である。魂の会話であり、いろいろな魂が存在する。四次元における魂の性格は、三次元の性格そのものであり、信頼できる人であればあるほど、四次元での光のネットワークも信頼できる。四次元で信頼できない人は、三次元でも信頼できない。そのアートフォースに対して、いろいろな反応がある。それは個人であったり、全体であったり、さまざまな反応がある。日本であったり、それは世界であったりもする。
 バッキングが原因で、四次元全体が全てのものを巻き込んで混乱していた。この混乱を落ち着けなければならなかった。社会が混乱すれば、四次元も混乱し、四次元が混乱すれば、三次元も混乱していく。四次元の破壊は人類の破壊になってしまうと、四次元で騒がれていた。光のネットワークが人類の縮図であると考えるようになっていった。
青年会議所の混乱がひどかった。そこに自由民主党の新しい政治家が現れ、青年会議所の混乱を鎮めていった。青年会議所という団体は若い団体であり、考え方は青年の域を出ない。政治の乱れが、そのまま青年会議所の乱れとなって現れる。正しいリーダーの存在が必要不可欠であり、経済を担っていく若いリーダーたちの心の主柱というものは、必ず必要なのである。コスモスとカオスの考え方と同じで、コスモスがあって初めてカオスが成り立つ。理想主義と現実主義は二つで一つなのである。アメリカナイズで統合しようと思えば、そこは猿の山と化してしまう。猿の山とは、人類の理想の姿ではなく、あれは人類崩壊の姿なのである。
日本経済は、ついにバブルが崩壊する。リゾート法により、銀行が土地にお金を貸しまくった。日本に土地神話があった時代で、土地は値下がりしないという神話があった。日本は土地本位という経済体系をとっており、土地の税制などで、土地の値段をコントロールしながら組み立てていた。しかし、バブルにより、銀行本来の役割を忘れ、善のタガをはずしてしまう。バッキングも同時期で、バッキングしてから、土地の値段が上がり始めた。バブルの崩壊は、国が大幅に規制を強め、バブルを留めることにあった。それから、日本経済は、空白の十年となる。大型銀行が不良債権により、倒産するということが次々とおこった。
 私の家の会社も、住宅需要の急激な落ち込みに耐え切れず、会社の整理を余儀なくされた。多額の負債を抱え、ホテルのオーナー株を売却し、会社の不動産の整理をしながら、負債の返済に充てる計画をした。銀行から会社の整理の話をされてから、建設業界の見通しなどから早目に整理を始め、不動産部門を残し、団地分譲していた土地を、売っていくだけの形にかえ、不動産業だけの形に変えるようにした。会社は、父と私の二人だけになり、会社の整理を始めて行った。何年かかるのかまったく解らないが、借金は返さなければならない。結婚は、借金返済が完了するまで出来ないだろうとあきらめていた。
 四次元では、金権政治で有名な政治家との戦いが続いていた。アメリカナイズに染まった個人や会社の魂が相変わらず攻撃を繰り返して来ていた。そんな時、皇后陛下から励ましのお言葉を頂いた。皇后陛下とお言葉を頂き、お話しさせて頂いている中で、天皇陛下も現れ、ご一緒に励ましていただいた。お話をさせて頂いている中で、陛下たちに失礼なことをしている会社もあると、お話になっておられた。失礼な会社は、昔から四次元で戦っているパンドラモンゴル至上主義の会社で、ほとんど暴力団である。四次元においても陛下たちに、失礼なことをするなど信じられない思いがした。また金権政治で有名な政治家などは、陛下に対してヒットラーをさせてくださいなど、とんでもないことを発言していたらしい。いろいろと、お話をさせて頂いている中で、皇后陛下は、昔から四次元で戦っておいでになり、幻魔大戦の主人公東丈は池田隼人元総理大臣であり、東丈の姉三千子は皇后陛下だとおっしゃるのだった。金権政治で有名な政治家は世界的に嫌われ、金権政治で有名な政治家を倒さなければならないのは世界的な動きが続いていたらしい。経済、自由競争で弱肉強食、アメリカナイズが経済を発展させるのだという考え方は、社会を荒廃させ、経済と人とを分離させ、人類がいつの間にか猿の世界となんら変わらなくなってしまう。世界的な戦いが、四次元の中で繰り広げられて来ていたのである。四次元の世界では、幻魔大戦やスターウォーズの世界がくりひろげられており、私はバッキングにより四次元に入って来たのである。
 両陛下と、ひたしくさせていただくようになると、県から出て行けといった政治家や自由民主党で力の強かった政治家が、頻繁に話をかけてくるようになった。その頃から、自分の脳裏に浮かぶイメージ、寝ている時の夢が全て四次元とのかかわりの中で生まれてくるものだと気が付くようになり、さらに自分の中で、地球に誕生する前の、天国での記憶が蘇ってくるのである。それは、天国を直しに来たというイメージであり、それは断片的で、さまざまなイメージが混在し、天国での平和な生活や、なぜ地球に来るようになったかなど、断片的なイメージの基、蘇ってくる。
 世界における現代のテーマは、経済の永遠性である。人類が地球で生活していく上で、経済というものは必要不可欠で、経済が人類の命になっている。経済の永遠性を創り出すものは、自由だとは思えなかった。バブルの崩壊にしても、経済の永遠性を生み出すものが自由であるならば、バブルのような現象は起きるわけもなく、バブルの崩壊もない。建築計画において、ただ無秩序に計画すれば、スプロール現象を起こす。町の中心は、スラム化し、外側にスプロールするが、その膨らんだ輪においてもスラム化していく。そのスプロールは一時的な繁栄を作り出しても、その輪は虫食い状態でスラム化してしまう。何事も計画があった中で初めて成功がある。ただ単に、自由の中には、何の成功もない。成功は計画があった中から生まれてくる。
 自由民主党の力の強かった政治家とも話しても、やはり計画経済のもとで経済を造らなければ経済全体の発展というものは難しいという話を話していた。今の、中国経済やソビエト連邦経済の急速な発展を見てみても、自由経済の仲間入りはしても、決して計画経済を手放してはいない。
 経済理論は、いずれはお金のいらない社会を築き上げるのが経済理論である。現在は、その経済理論上の過程の中にいるにすぎない。現在の世界の姿が、最終形ではない。
経済理論の根っこの根っこは、物が欲しい・必要だという購買意欲から成り立っている。その購買意欲をもう一つ根っこを捕まえと、自分を愛する心というものがある。そこから考えていけば、国の繁栄、世界の繁栄は、心から自分を愛せる国、愛せる世界を創り上げることが、本当に必要なことだと思う。心から自分を愛せるために必要なことは、人類の教えを大事にすることである。宗教を含めて、すべての人類の教えには、答えがあるように思う。イデオロギーにもなっているように見える。それは善が命で、愛がすべてである。このイデオロギーで、人類の創り上げようという姿があると思う。経済だけに限らず、男が善となり評価され、女は愛となって評価される。そこには、神と人類の関係も、そこに存在し、人類の善が命であるならば、神の愛がすべてである。人類を繁栄させるのは、人類の教えである。人類とは愛であり、経済とは愛である。自由競争の創り出すものは、善に対する努力と善のバランスである。競争の原理とは、それぞれの善に対する努力を生み出すものであり、そこにあるものは弱肉強食といった恐竜の世界ではない。経済活動そのものは、愛がすべてである。家造りなどは、まさに愛がすべてそのものであり、それぞれが本当に必要なものしか買わないのであれば、経済は成り立たない。経済の創り上げている姿は、人間の機能的な姿そのものにも見える。頭脳が国会、心臓が銀行・公共の仕事(官僚)でお金を体に流す機能、骨盤が不動産で体を安定させ、背骨が衣・食・住・車の生活必需品が体全体を支え、肝臓は医療・大学などの研究機関となり全体のバランスを調整し、ITなどの情報通信・道路は血管であり神経。肺は世の中の雰囲気、胃腸が購買意欲である。健康の基本は、血液がきれいであること。つまりお金が善であること。お金が善であることは、経済の命であり、それが人類の命となっていく。お金を流す役割がある銀行・官僚にはお金が善であることを守る経済的・社会的役割がある。一時期騒がれた不良債権は、体に付く脂肪で、脂肪の付く量は健康体の体として考えるのが一番良いのではないのかと思う。アスリート経済は、ある意味では修行経済であり、地球で生きていく上で、みんなで修業をしましょうというのはナンセンスである。経済の永遠性を考えたときに、大事なことは、体の健康を維持することであり、人類の一人一人が一つの細胞であると思う。
 日本経済だけではなく、世界経済全体において赤字財政の中で、経済運営を強いられている。今の経済の造り方は、借金をすることにより経済を支えている。ある意味では、マイナス経済で、各個人・会社が借金の中で生活し、国においても国債の発行などをして財政を支えている。国の財政が苦しくなっている最大の原因は、マイナス経済では、現在の経済のボリュームを支え切れなくなっているからである。このままの経済体系では、マイナス修行経済になることは目に見えてあきらかであり、経済理論でもそうだが、現在の経済体系は経済理論上の進化の過程の中にある。
今、世界はグローバル化し、世界経済全体で考えなければならない。世界経済の進むべき方向性はプラス経済にあると思う。プラス経済とは、国はある程度、自由にお金を使える環境にするのである。公共事業や社会福祉など、国民が満足しうるために必要とされるお金は、新しく発行して、ある程度自由に使うのである。国全体の、お金の帳尻合わせをする作業を無くしてしまい、国からお金が出る一方なのは、相続税などで対応すればよいし、物価のコントロールは、土地の値段を規制していけば対応できると思う。今、生産における技術の進歩は目覚ましく、生産性の向上というものは、プラス経済を可能にしていると思う。生産性の向上、パソコンの普及・コンピューターの向上、機械化の推進は、プラス経済を可能にし、経済を劇的に進化させる。経済において大事なことは、経済をイデオロギーの上に乗せることである。そして一人一人がイデオロギーを大事にすることによって、経済の発展がある。経済を永遠とするためには、プラス経済にすることが必要である。
四次元で、一番有名な経済学者と話をしても、私の考え方と同じである。
後から、気がつくのだが、四次元ですべてがつながっていて、絶大で圧倒的な力を有する神と交われる場なのである。人類が神と呼ぶ存在は、宇宙の絶対神と人間として使われた神がいる。宇宙が、正物質と反物質の融合によるビックバンによって誕生したことは、最新のアメリカのNASAの発表でもある。四次元という場は、神と交われる場と言ったが、人類に予言されるピラミッドの予言や聖書の預言、地獄の黙示録などさまざまな予言がある。現代においても、いろいろな占星術、霊的なもの、人類が築き上げてきた教えはすべて、四次元における神との交わりの中で築き上げられてきたものだということを知るようになる。すべての宗教は四次元において神が、創り上げたものだと私は思う。すべての宗教は、すべてつながる。すべてが正しく、神の言葉となり、人類最古の宗教バラモン教誕生から2500年、ピラミッド文明から5000年、そして今の人類の姿がある。魂に人類の教えを刻みこんで人生を送って、その輪廻による魂の進化が、人類の進化の姿になっていくのである。憲法・法律の統治というのが、現代の姿であるが、憲法・法律の後ろには、人類の教えがある。憲法・法律で缶ヅメを造っているわけではない。憲法・法律は、絶対であり、みんなの安心である。その憲法・法律を含めたうえで、人類にはベクトルが働いている。そのベクトルとは、すべて絶大な圧倒的な力を有する神の手の中にあり、すべて絶大な圧倒的な力を有する神が完全に支配し、すべて絶大な圧倒的な力を有する神の愛で成り立っているというのがベクトルである。マッカーサーが創った日本国憲法は、世界の理想憲法とされ、理想郷を創り上げようとしたのが日本国憲法である。その中核である良心は、結局宗教である。日本国憲法は、宗教の自由を保障するが、宗教を否定して自分の心が良心だということはありえない。
自由民主党と共に闘っているうちに、自由民主党が私のことを、人間としての絶対の神と呼び始める。自由民主党の力の強かった政治家は、総理大臣となった。そのころの日本は日本の立て直しで、バブルを止めなければならなかった。バブルにより土地の値段は上がる一方で、その急激な土地の値上がりは経済を壊していった。土地の値段は上がっても給料は上がらず、サラリーマンは一生働いてもマイホームは持てないというような状態になってきていた。国土法により土地の値上がりを規制し、経済を安定させようとした。国土法は効果を発揮し、上がる一方だった土地の値段は落ち着きを見せた。また日本の財政事情から消費税率のアップを実行し、国の財政を安定させようとした。経済はバブルから反転して土地のデフレが始まった。
自由民主党で力の強かった政治家は、国の混乱を、どう収めるかを考える中で、政治不信に落ち入っていた国民と、政治家をつなぐのに苦労していた。大臣を選任するのに、犯罪歴のある大臣を起用してしまい、それまで高かった支持率は急落してしまった。国民はクリーンな政治を望んでいたのに対し、政治家は聖人君子になれないというのが、その理由だった。それが国民から総スカンを食う原因だった。政治家は先生と呼ばれる。聖人君子になれなくても、社会の先生でなければならない。政治の仕事の中で、コスモスを創り上げるというのも政治の大事な仕事の一つである。政治にとって一番大事なものは、哲学である。哲学のない政治は、何を創り上げようとしているのかまるで解らない。世界全体、そして国全体のことを考え、国の形、国民の幸せを踏まえ、各政策を創り出していかなければ、ただ単に支持拡大のためだけでは政治とはいえない。政治家の権力は国民の恩恵のためにある。決して私利私欲のためにあるものではない。正義と理想を国際協調とし、国民のために政治を行わなければならない。政治家としての資質は正義にある。政治は正義であり、経済は愛である。その二つを結ぶのは哲学である。すべてを統合しているのは哲学であり自由ではない。
自由民主党で力の強かった政治家は、総理大臣としての任務を終え、派閥の首領へと帰ってゆく。その後、政治献金問題で派閥の首領としての責任を取らされる。コスモスを守るためである。自由民主党で力の強かった政治家は、私を責めた。自分には責任はなく、どうして私が責めなければならないのかと。
政治献金問題に関して、自由民主党で力の強かった政治家は、その件に関して何も知らなかったらしい。絶大な圧倒的な力を有する神に聞くと、何も知らなかったと言っている。本人として、無念でならなかったようである。私が、三次元で就職活動に苦労していると、いろいろ協力してくれた。自由民主党の力の強かった政治家は、古い政治家の一人であったのかもしれない。世の中には、善と悪があって、その両方を認めた上で、社会構成していかなければならないという考え方に近かった。しかし、そんな事をしていれば、人の輪は壊れてしまう。善に対する破壊が悪である。光の戦士論でも述べたが、憲法・法律で謳っているのは社会理論である。人類の長寿と繁栄が絶対であるならば、すべてにおいて絶対なのは、絶対の良識であり、神々の長寿と繁栄にある。憲法・法律の後ろには、人類の教えがある。自由民主党で力の強かった政治家は、優しかった。彼の考え方は、優しさが良心であったと思う。その優しさが、善と悪を両方認めるのであれば、人の輪は壊れてしまう。宗教が良心であり、良心とは宗教である。悪を認める宗教などというものはない。
 自由民主党で力の強かった政治家は、その生涯を閉じる。みんなにコスモスを気付かせるために、その生涯を送ったと感じている。いまでも四次元で私のところに遊びに来るが、まじめなのは相変わらずである。

 徳と才
 私は、借金返しを続けていた。四次元では、
おかしな連中が騒ぎ続けていた。心の三悪に染まり、悪霊のような騒ぎをする魂である。
悪霊の中でも一番たちの悪いのが、生霊である。幻魔大戦の戦いと同じであり、何せ人類の教えを破壊しようと騒ぎ立てる。生善説・生悪説というものがあるが、人間の魂は本来絶大な圧倒的な力を有する神の一部であり、その魂が前世の行いにより、魂に刻んだものが、今世に現れてくるのである。四次元において、神と交わりを持てるのだと後から気付くのだが、大事なことを神は教えてくれる。
人生は、魂に人類の教えを刻みこみ、憲法・法律を大事にすることによって、神の言葉が理解出来るようになる。ベクトルに努力することにより、人生幸せになっていく。それぞれの魂は、地球での役割という運命星を持って、地球に誕生する命にその魂が宿るのである。そこに存在するのは、人類すべての教えの答えであり、善が命で愛がすべてである。
中国の教えで、立派な人を大人(タイジン)という。大人にとって大事なことは、才と徳である。才とは、才能のことであり、勉強していろいろな知識を吸収し役立てることや自分の持っている才能を磨くことにある。徳とは、日本でも昔から徳を積みなさいと言うが、良い行いのことであり、人を大切に思い、それを行いとすることが徳である。才と徳どちらが大事であるかは、徳が大事であると教えている。
才は徳により開かれる。才が善であるならば、徳は愛である。私は大学の時、麻雀が好きで渋谷にある競技麻雀道場に通っていた。その競技戦で九蓮宝燈という役を上がったことがある。九蓮宝燈は、幻の役満と言われるが、中国では、この役を上がることはあまり良く言われていない。しかし、アメリカではこの役は天国の門と解されている。孔子の教えや、リーダーの哲学本である貞観政要、三国志など中国文化から受けることは、生きることは善が命であると問いかけられているように感じる。またアメリカはキリスト教の教えが強く、愛がすべてである。中国経済は自由経済の仲間入りをして、今や経済大国であるが、眠れる獅子が愛に目覚めたと、私は感じている。

 借金と金権政治との戦い

 日本では、不良債権処理から土地デフレが続き下げ止まらなくなってきていた。私の借金返しも、思うようになかなか進まない。土地を売るのに、土地の値段を下げていかないと売れない状態がずっと続いていた。父が経験した時代は、経済は右肩上がりで、土地神話があり、土地が値上がりしていくのは当たり前の時代だった。土地は財産であり、前に買った人より値段を下げなければならないというのは、借金の返済においても、前に買った人のことを考えても大変なことだった。土地は思うように売れず、会社の売上は立っていかなかった。会社が解散になったのは、父の健康状態が悪くなったのも原因の一つで、会社を解散し土地の分譲を進め、借金を返済しなければならない。不動産会社の友人に協力を求めながら、団地の分譲は続けていた。なんとも私の給料が出てこないので、働きに出るしかなく、不動産会社に勤め始めた。自分の会社の団地の土地で、県に買収される予定だった土地があり、その土地の買収話も県に予算がないという理由で買収計画のめども立っていなかった。四次元で、仲直りしていた県から出て行けと言った政治家に、何度か買収の話もお願いに行っていた。
四次元では、金権政治で有名な政治家を倒す動きが続いていた。私に県から出て行けと言った政治家も、金権政治で有名な政治家を倒す動きを活発に行っていた。
日本の政治は、激動の真っただ中で、政界再編を繰り返し、金権政治で有名な政治家は、政治の主流から、つまみだされた格好になった。二大政党政治を目指す政界再編の活発な動きは、自由民主党と片翼を担う政党との二大政党政治へと固まりつつあった。片翼を担う政党の主導を、金権政治で有名な政治家が外れることにより、四次元は少しずつ安定した状態を保つようになっていった。四次元において、パンドラモンゴル至上主義が崩壊したのである。その崩壊は、四次元に平和の兆しが見え始めて行った。それまでの四次元の状態は暗いもので、悪の連鎖反応を作りだしているようにも見えた。この悪の連鎖反応を作り出していたのが、パンドラモンゴル至上主義だったのである。
この崩壊は、両陛下、自由民主党、私に県から出ていけといった政治家みんなが守ろうとしていた正義の名のもとに、心に平和をもたらしていった。
2000年を迎えようとしていたが、私の心は、安堵感でいっぱいだった。また、飲みに出かけ始めたのも、この頃からである。昔飲みに行っていた場所に、今どんな店があるか気なったので、行ってみることにした。まだ夜の時間は早く、店には女性一人だった。黄色い服を着ていて、まん丸い顔をして観音様のようにも見えた。私は居つくことを決め、ウイスキーの響を注文した。女の子と話をするのは久し振りで、彼女は歌が上手で、サザンのテープをダビングしてくれる約束をした。
その頃、ニューヨークでアルカイダの飛行機テロ事件が起こった。世紀末である。今、世界の戦いはテロリストとの戦いである。イスラム教徒によるテロ事件であり、首謀者のビンラディンもイスラム指導者の一人である。まったくあの事件は、ビンラディン率いるテロリストたちのアメリカに対する嫉妬とやきもちで、嫉妬とやきもちは、いつの世もキチガイを作り出す。あのイエス・キリストにしても、ローマ皇帝の嫉妬とやきもちに殺されるのである。人類すべての教えは、嫉妬とやきもちを否定する。一種の同化現象がマイナスに作用したのが嫉妬とやきもちであり、それは魂を腐らせ異様な悪臭を放つ。隠しているにしても正しさを捻じ曲げ、世の中にしてもすべておかしな方向へ向かわせてしまう。心の三悪でもあり、それは否定しなければならないことであり、心で努力すべきことである。四次元でも、嫉妬とやきもちが、四次元を狂わせる原因の一つにもなっている。

 中国の女性「春華」

不動産会社に勤めて、しばらくたっていたが、母の中国人の友人から、従妹をお嫁さんにしないかという話が持ち上がってきた。写真を見ると中国の女優さんのようでもある。母の中国人の友人は、日本語がペラペラで、ほとんど日本人と変わらない生活をしていた。国際結婚というものは、ぜんぜん頭になかったが、今の借金返しの生活では、嫁さんをもらうのは、なかなか難しいと思っていた。
一度、借金返しが終わってから嫁さんを探しますからと断ったが、父にしても母にしても、このままではいつになったら嫁さんをもらえるのか解らないという親心に押されてしまった。会社を休み、中国にお見合いに出かけることになった。
中国のビザの関係で、一度お見合いをしましょうという話になったからである。中国人の従妹と中国の長春に向かった。お見合いをする子は長春から一時間ぐらいのところに住んでいるらしいのだが、その近辺では長春が一番大きい街で、中国の北に位置し、冬に出かけたので、夜はマイナス20度にもなるらしかった。長春の空港に、夕方降り立った。あたりは少し暗くなっていた。空港のチェックを済ませ、空港の出口から出ると、中国人の波でいっぱいだった。正面を見ると佇んでいる女性を見つけた。綺麗な女性だった。一瞬、学生時代ずっと好きだった子に見えた。中国人の従妹が言うには、その子がお見合いの子らしい。写真の感じと違って見えた。一瞬、嬉しさと緊張とときめきが全身を駆け巡り、全部の細胞に電気が充電されたような感じになった。車で長春市内に向かった。最初カラオケボックスに向かい、そこで自己紹介を兼ねて、みんなでカラオケパーティーになった。中国人の従妹の兄弟や従妹など、総勢10人くらいのパーティーになり、私は日本でよく歌っている歌を歌った。カラオケボックスもカラオケの機械も新しく、日本語の歌も沢山あった。お見合いの子は、すこし恥じらっていて歌は歌わなかった。中国の人はダンスが大好きで、町の中に大きなダンスホールがあり、歌と踊りはパーティーに欠かせないようである。カラオケボックスで歌とダンスを楽しんだ。私はダンスがあまり得意ではないので、歌の方でみんなに楽しんでもらった。彼女もあまりダンスは好きではないらしい。でも私の歌は気に入ってくれたらしく、ほんとに喜んでくれた。カラオケボックスから夕食をとるために、近くの中華料理店に移動した。円卓のテーブルを囲み、中国人の従妹の通訳で、中国のみんなの話や、私の日本での仕事や家族のことなど、みんなで談笑した。中国の人は、人懐っこい人が多く、すぐ友達になれた。
夜もだんだん遅くなってきたので、みんなと解散しホテルに着いた。彼女も私の部屋にやってきた。今、長春で氷祭りがあるらしく、街の中心部にある公園で氷の彫刻が見ることが出来るらしい。外はマイナス20度であるが、厚着をしていけば少しの時間ぐらいなら大丈夫だという。彼女と打ち解けあいたかったし、いい記念だと思い出かけることにした。タクシーで公園につき、氷の彫刻のあるところまで歩いた。歩いている人は誰もいなく、私達2人だけだった。氷の彫刻のところまでは距離はなく、お城や人物など沢山の氷の彫刻で飾られ、色取り取りの光でライトアップされていたので、大変綺麗だった。マイナス20度のデートというのは初めてだった。2人で私のポケットに手を突っ込みながら、氷の彫刻の中で、夜の散歩を楽しんだ。ホテルに帰り、それぞれの部屋でその日は休んだ。次の日から、長春でいろいろな所を見物して回った。ダンスホールやディスコ、ボーリング場やデパートなど日本のことはすっかり忘れてしまっていた。最後の夜、彼女は結婚の約束をしてくれた。空港で日本に帰る時の彼女の顔が忘れられなかった。二月の冬の出来事だった。
彼女が日本に来るのは、ビザや手続きの関係で11月になるようになった。それまで中国人の従妹に頼んで、手紙のやり取りを続けた。彼女の日本名を考えなければならなかった。いろいろ考えた末、春華という名前に決めた。春華が日本に来る11月まで、あっという間に過ぎてしまった。彼女が日本に来る日、空港まで迎えに行くのに、バラの花を買った。中国人の従妹と空港に着いて、春華がチェクアウトするのを待った。春華が現れた。相変わらず綺麗だった。本当にうれしかった。これからの日本での生活を送る彼女に、家の借金返しや、日本の習慣をどう教えていくかなど、さまざまな思いが頭の中を廻った。
 仕事は、不動産会社から新聞店に変わっていた。新聞店の社長に気に入ってもらって、働かせてもらえるようになった。新聞店の社長は、あまり年は変わらないが面倒見の良い社長だった。新聞店に勤めている間、四次元で、一つ出来事があった。私は昔から、一級建築士の試験を何度か受けていたが、学科は3回合格しているが、製図の試験がパス出来なかった。四次元の話を聞いていると、ホテルの現場事務所にいたとき、本当は一級建築士の製図の試験にパスしていたというのだ。私が四次元で神の誕生と予言されていることを知った金権政治で有名な政治家が、大きな顔はされたくはないと、自分の権力を使って私の一級建築士の合格を潰したというのだ。あの現場事務所の乱痴気騒ぎの原因の一つで、係長のキチガイじみた行動はそこから来ていたというのである。四次元の中ではほとんどの人が知っていたが、私にはだれも教えようとはしなかった。私が四次元に入る前の出来事で誰もが決して口に出さなかった。四次元の中で、私の怒りは頂点に達していた。飯島直子似の子もこのことは知っていたらしく、彼女が流していた不思議な涙の意味が理解出来た。その頃の世の中を暗くしていた原因とも言われていた。しかし、何年も前の出来事で、金権政治で有名な政治家に対し、怒りを超越したものを感じていた。

 父の死

 不動産会社に勤めていたころは、耳の聞こえがあまり良くないため、電話アポが多くなる仕事はあまり向かず、精神的にも仕事上に関しても差し障りが多かった。家から2~3分のところにある新聞店に仕事を変えてから、8ヶ月ぐらいになろうとしていた。春華との生活は楽しかった。2人でデニーズランドに行ったのは、いい思い出である。
相変わらず四次元では、どうしようもない生霊が相変わらず騒いでいた。
 年を明け、1月の中旬を過ぎたころ、夜ベッドで寝ていると、四次元に病院に入院している父からの光のネットワークが入ってきた。少し雑音混じりで、母の事や会社のことなど、お前に任せるといった話で、父には死期が訪れたということ私に告げ、最後の別れを言うと交信は途絶えた。私は、ベッドでその光のネットワークを聞いて、三次元と四次元の間で意識が定まらなかった。ベッドでうとうとしていると、母が激しく私の部屋のドアをたたいていた。母から病院で父が亡くなったことを聞いた。病院から電話があったらしい。すぐに着替え、母と春華と病院へ向かった。父は病院のベッドで、静かに亡くなっていた。
当日の夕方まで元気だったため、病院で入院していたとはいえ突然だった。療養生活が長く、入退院を繰り返している父だった。父は一番良い友達だった。今でも四次元には顔を見せるが、一番良い友達であることは今も昔も変わらない。父は良い教育者でもあり、優秀なデベロッパーだった。父の葬儀には多くの人がみえ、亡き父を惜しんでくれた。気丈な母も、父がなくなったことは、そうとうショックだった。母と春華の喧嘩が激しくなったのも、その頃からである
 春華と母が、どちらも嫌悪感を抱くようになってしまい、お互いの人間不信が原因となって、喧嘩の始めるようになってしまった。春華はまだ日本語を話すことが出来ず、周りとのコミュニケーションに苦労していた。どうしても部屋に閉じこもり気味だったので、中国人の友達が出来た方が良いかと、働きに出るのに賛成した。しかし、あまり良い友達が出来ず、母との亀裂を深めてしまった。周りから孤立し母と喧嘩ばかりしている春華を見て、2人で別居する計画を立て始めた。しかし、追い打ちをかけるように母と亀裂を深めてしまった。借金返しはまだまだ終わらず、母の協力も周りの協力も必要である。借金返しを放り出すわけにはいかなかった。仕方なく孤立する春華を中国に返すしかなかった。最後に日本の思い出の品と思い、ネックレスを買ってあげた。その帰り、ラーメン屋に入り2人でラーメンを食べたが、ラーメンを食べながら涙が止まらなかった。春華が中国に帰るのに空港までは、中国人の従妹が送ってくれた。四次元では今もなお彼女は、私の嫁さんでいてくれている。

 資格試験に挑戦

 春華と別れて、何も手に付かなかった。ボンヤリしていても始まらないので、寂しさを紛らわせるのに、新しい資格に挑戦することにした。一級建築士はやる気はなかった。そこで、不動産会社に勤めているときに、マンション関係の勉強をして、管理業務主任者というマンション関連の資格を取得していた。
その時勉強したことと、一級建築士の勉強したことを、無駄にしたくなかったので、マンション管理士の資格にチャレンジしようと思った。早速、参考書と問題集を買ってきた。
絶対合格しようと思い、計画を立てた。毎日、朝一時間、夜一時間勉強することを決めた。マンションの知識もあるし、宅建の知識もあるので不動産関係も大丈夫。一級建築士も学科は合格しているので、建築関係の知識もある。試験は10月にあり、6ヶ月勉強すれば大丈夫だと思った。新しい挑戦の始まりだった。マンション管理士の勉強は、スムーズに入れた。一度決めると、達成するまで辞めない性格なので、飽きずに勉強を続けた。
継続は力なり。よく言われる言葉だが、これは四次元に関しても同じである。四次元の努力とは、心の善に対する努力であり、努力すれば四次元において認められる。努力は報われるのである。
 借金もまだずいぶん残っている。値段を下げないと売れないのは、ほとほと困ってしまった。売るタイミングと値段を下げるタイミングを失敗してしまうと、借金が残ってしまう。父が亡くなったので、私の宅建の免許を
自分の会社の免許に戻し、営業を続けていた。
会社を解散した時に、12区画残っていたのは、今残り6区画である。会社を縮小したので宣伝効果はあまり良くはなかった。そんな中で、不動産会社の友達が協力してくれたのは、ほんとに嬉しかった。私の会社が解散してから、友達の会社に顔を出すようになったのだが、その友達は面倒見がよく、私より10才年上で、不動産の事や経済学のことなど、いろいろ教えてくれた。若い時は、政治家志望だったらしく、私から見て坂本竜馬のようなところもあった。住宅メーカーにコネクションが強く、住宅メーカーの人たちも紹介してくれた。土地が下がっていく中、土地の値段は、売主と買主の折り合いのついたところが値段になり、まったくの相場的な値段の取り決め方に近かった。住宅を建てたいと思っている人がぜんぜんいないわけではない。まだまだ土地は下がると思っている人が多く、買え控えしている状況である。住宅メーカーの売り文句は、家はタイミングで建てるである。土地の買え控えをしているより、建てる人の事情により、家を建てるタイミングを大事にしなければならないというのが、セールストークである。土地を売っている身としては、少し救われたような気がした。
土地はやはり買った人の財産である。アメリカは、株本位で経済を創っているが、日本は資源のない国で、なんでもアメリカの真似をすればよいなどということはナンセンスである。日本は土地本位で経済を創ってきたが、日本にとって、財産であり資源は土地である。土地を安定的にコントロールすることは、日本経済にとって大切なことであり、その上に日本経済を組み立てなければならない。日本経済は輸出に頼っているところが大きいが、円高になると外国でモノが売れない。国の経済が強くなると、外国でモノが売れないということは、日本の会社はアメリカに比べ、不安定な中で経済バランスを取っているということである。日本の経済を株本位にすれば、非常に不安定な中で経済を組み立てるようになってしまう。やはり、日本は土地本位として経済を組み立てた方が、日本の持っている経済を創るための条件に合っていると思う。条件として、国土が狭く、資源が少なく、不動産を所有したがる日本人の国民性から経済を創るべきである。
 世の中、煩悩で動いている。きれいに言うならば、幸せになりたいという思いであり、その思いが煩悩である。人の行動は、煩悩が支配し、世の中を動かしている。煩悩の中で、大きなもの三つは、力・お金・セックスであり、この三つの煩悩は、これらがなければ地球で生活する上で支障をきたすものである。しかし、煩悩にも、善と悪がある。善の煩悩の正しさは、理想社会を構築し、すべての宗教を完成させる。善の煩悩を守り、善の煩悩をつなぎ、悪の煩悩を否定することは、社会に活力を生み出す。これは、人類の永遠の作業であり、これはお金のいらない社会になっても、続けなければならない作業である。逆に考えて、お金のいらない社会になったとき、この作業によって社会は成り立っていくものである。政治家と経営者のつながり、会社と会社、会社と個人、個人と個人の結びつきが、この作業によって結ばれるときに社会に活力が生まれる。生きる力・生きる強さとは、哲学である。人類の永遠のテーマは暮らしやすい世の中を創ることにある。人間が心から楽しいと感じ、心から笑えるのは、善と愛のあるところである。善と悪の戦いは、人類永遠の戦いであるというような言われ方をすることがあるが、ただこれをよく見ると、そこには哲学と自由の戦いを表わしているのである。ギリシャ哲学のコスモスとカオスにおいても、コスモスがあるから、カオスが成り立つのである。コスモスは秩序でカオスは混沌。哲学が秩序であり、自由が混沌である。人類が進化してきたことにより、自由もまた進化してきている。しかし、その自由の進化は、哲学が進化させてきたものであり、自由とは良識のもとに成り立つ。決して、自由がすべてではない。哲学により、自由が成り立っていることを忘れてはならないのである。人類は、愛によって繁栄し、邪悪さによって破滅する。これは人類の方程式であり、人類とは愛であり、経済とは愛でる。それが答えである。

土地の売れ方は、年間2区画ぐらいのペースである。ぜんぜん売れない団地ではない。
私はまたネオン街に行くようになっていた。
観音様に似ている子に会いに行くのが楽しみだった。彼女は歌がうまく、店に行くたびに歌を歌って元気づけてくれた。実は、春華と結婚する前に、彼女に交際を申し込んだことがあった。彼女は結婚する意思はなく、春華と結婚したのだが、また彼女のところに帰ってしまった。彼女は高橋真梨子の歌が好きで、2人でコンサートを聴きに行くようになっていた。その頃は、歌を聞いたり、歌を歌っている時が、一番幸せだったかもしれない。彼女に歌の世界を生きたいと言ったこともあった。

 マンション管理士の試験に合格することが出来た。難関を突破できたのも彼女のおかげだと思っている。自分の心の支えが一つ出来た。それまで、どうしても一級建築士のことが心に引っかかっていた。大学が建築科だったのも、自分の家で建設業をしていたため、子供の頃から一級建築士を取るように父から言われ続けていた。自分の夢と父の夢が重なり、そのことだけを考えていた時期もあった。四次元での話もあったが、自分の心に余裕というものがなかった。自分のこれからの事を
考えると、突破していくには、その一点しかないように思えた。マンション管理士は名称独占の資格であるが、一級建築士と弁護士の合いの子とされている。四次元においても、
自分の言っている法律関係のことが、でたらめでないことの裏付けにもなる。彼女と結婚したい一心だったのかもしれない。まさに愛の一点突破である。
試験の合格は、母も喜んでくれた。父が亡くなってから、良いことがなかったが、母が喜ぶ顔を見るのも久しぶりだった。

政治の立て直し

 四次元ではその頃、自由民主党の救世主と言われた政治家と付き合っていた。その時の総理大臣であるが、彼の考え方は経済に対して、魂が全然ぶれなかった。その頃、経済情勢を反映してか、何せ世の中が暗かった。土地デフレで経済は停滞し、この先どう日本経済を立て直すか話し合った。経済立て直しにとって大事なことは、お金を善である姿に戻すことだった。不良債権処理の真っただ中であり、バブルにより、お金が善であるべき姿がブレていたからである。もう一つは、世の中を明るくすることであった。キーワードは明るく。世の中が明るくならなければ、経済は活性化されない。彼の取り続けた政策は、郵政事業民営化と行政改革が大きな柱となり、日本経済を立て直していった。郵政事業民営化は、お金の価値観がブレた経済にとって、お金の価値観を戻す起爆剤となっていく。その政策に反対する勢力もあり、反対勢力などと呼ばれたが、彼は自分の政策による意志を貫き、公約を果たしてゆく。もう一つ、行政改革を推進していったが、これは官僚の抵抗がひどかった。世の中の暗い部分にメスを入れ、その抵抗と戦った。その国会運営はドラマチックで組閣などは国民の期待に答えるものだった。エンターティナーとして振る舞い、新しい政治家像を創りあえたのはさすがだった。その頃の政治は、世界のどの国を見ても、見劣りするものではなく、その後の国会議員の姿を劇的に変えたのである。みんなが選んだ最初の総理大臣だったかもしれない。国民によって選ばれ、そのかじ取りにブレはなく、民意を反映するものであり、リーダーとしての資質を十分に備えた総理大臣だった。今なお総理大臣としての待望論者も多いのも事実である。権力者としての引き際も清く、善の煩悩の強い政治家ほど期待できる政治家はいないと思わせる総理大臣だった。総理大臣になって何をしたいのか、総理大臣としてどういう政策を実現させたいのか明確にした中での登板だったが、その実現能力は、見事だった。四次元では今もなお、ブレがないのはさすがである。物事を的確に捉える能力はさすがである。
 四次元でも、私に県から出て行けと言った政治家が国政にまで口を出して、大暴れしていた。金権政治で有名な政治家を倒してからというもの、その発言には自分が倒したとでもいいたげに、政治家の中で一番偉くなってしまった。自由民主党に付かずに、俺に付けなどという四次元での発言は、まったく私には理解出来なかった。政治にとって、一番大事なものは哲学であり、その哲学によって進むべき方向性を定めるのが政治家である。政治家は選挙によって選ばれ、その選挙によって自分の理想とする世界の創造を選挙民に問う。理想とするその社会像の根本には、哲学がなければならず、その哲学に基づいた進化の過程の演出でなければならない。自由でなければならないというような政治家もいるが、一番自由にしたいのは自分だったなどという、ばかげた話はない。自由へだけのこだわりは、選挙の方便だけにしか聞こえず、自由に楽しみを求めていけば、人生には躓きだけである。哲学を大事にして生きなさいというのと、自由に生きなさいという言い方の場合、確かに自由に生きなさいという方が、聞こえ方は明るいかもしれない。アメリカは自由の国だと言われるが、アメリカへの憧れが、自由への憧れであるような気がする。しかし、アメリカナイズを一番嫌うのはアメリカである。自由の在り方を根本から治すために、学校教育で立て直しが始まっている。自由と権利という考え方だけで、暮らしやすい世の中が誕生するとは私には思えない。アメリカは暮らしにくくなったと言うアメリカ国民の言葉もある。暮らしやすい世の中を創るということが、人類の永遠のテーマである。アメリカの本質はベクトルであり、そこには人類の答えがある。
 テレビのインタビューで、自由民主党のサラブレットである政治家から、初めて哲学という言葉を聞いた。政治家として肝心要なものを忘れて政治も何もないのである。本人はマンガが大好きだそうだが、マンガは哲学である。マンガのような話だと、マンガを馬鹿にしているような発言も耳にすることがあるが、哲学を忘れるほど、つまらないものはない。哲学なきはサルである。人類には答えがある。その答えである愛とは、人を大切に思う心である。

 不動産営業活動

 土地が一つ売れた。前から団地を気に入ってくれていた人で、メーカーの紹介である。
土地が売るには根気が必要である。焦ったからといって土地は売れない。土地を売るための作業は同じである。まず、定期的な広告宣伝。インターネットや新聞に広告を出す場合もあれば、ポスティングでチラシを配る場合もある。一番人目につきやすく、今はインターネットの効力が強く、掘り出し物の物件などは、お客さんが飛びついてくる。また、潜在客の掘り起こしにもなる。次に、自分のコネクションを使う。人脈であるが、土地をピンポイントで売るのには、人脈からの掘り起こしが必要である。3番目に、不動産会社のネットワークを使う。不動産会社は、業界用語で別れと言って、お客さんが付いた方と付けた方とで利益を分け合うので、業界の中は仲が良い。私は不動産業界が好きで、仕事仲間が業界全体となるような、業界は他にはない。不動産業界の良いところである。4番目に、住宅メーカーへの営業。5番目に会社に問い合わせのあった顧客名簿の掘り起こし。6番目に飛び込み営業。7番目に電話アポで、8番目に看板である。宣伝によって、お客さんからの問い合わせなどを反響と呼ぶが、そのセールス体系をカウンターという。不動産会社はたくさんあるが、会社ごとに営業スタイルを創り上げている。どの営業スタイルが効果的なのかは、売っている不動産の種類、地域性なども考えながら、販売していかなければならない。私の場合、7番目だけやらなかった。不動産会社の友達も、あまり好きではなく、田舎のせいもあり地域性を考慮して、やらない方がベターだと考えていた。
父の具合が悪くなってから、銀行との話は私が一人でしていたが、借金の辛さは身に沁みて感じていた。土地デフレしていく中で、借金を完済しなければならない。利益はまったくなく、会社の経費も捻出できない状態だった。借金返しの根競べだった。不動産会社の友達が愚痴を聞いてくれていた。県の団地の一角の買収の話も、一向に進まなかった。何度も県には通ったが、県の予算が削られているため、買収は応じられないという話だけである。団地を造った時はバブルのピークの頃で、県にも予算があったので、すぐにでも買収するような話でもあった。県の買収が決まれば、一遍に楽になるという期待から、買収に応じられないという県の話に、あっさり引き下がる気にはなれなかった。
 そんな時に、ビックリする事が続けて起こるようになる。不動産会社の友達が、亡くなってしまった。心不全だった。ストレスの溜まり過ぎだと周りのみんなも言っていたが、面倒見が良いので周りの問題を一人で背負い込んでしまうところがあった。実家の家業の手伝いを頼まれていると、漏らしていた。正義感が強い人で、男儀があった。人にやさしく、自分に厳しい人だった。自分の苦労は人に見せず、人の心配ばかりしていた。社会に出てから、ほんとの友達は、不動産会社の友達だけだったかもしれない。会社のソファーの横にあるホワイトボードには、来る人も来る人も、皆、福の神と直筆で書かれてあった。彼の人柄を、表わしている言葉でもあった。彼とは、今でも四次元ではよく話をするが、明るい彼がいるだけで、心は救われる。
2人で飲みに行くことも何度かあったが、彼の歌う歌も明るい歌が多く、周りを明るくしてくれる人だった。彼が大事にしていた、ネパールの友人から貰った曼荼羅は、形見に私が譲り受け、私の書斎に飾ってある。四次元の輝きは、心の輝きであり、曼荼羅を輝かせているのはベクトルである。ベクトルが人の輝きであり、その輝きが、人類を永遠と導いてくれるのである。
 不動産会社の友達を偲びながらも、借金返しは、頑張らなければならなかった。警備員の仕事を見つけ、2足のわらじでやっていくようにした。警備員の仕事は結構楽しく、自分に向いている仕事だと思った。警備員の仕事は、パチンコ店の駐車場警備で夜勤の仕事なので、土地売りの仕事で用事がある時は昼間活動して、要件を済ませていた。
その頃、四次元では、私に県から出て行けと言った政治家と話していることが多かった。
三次元の状態によって、四次元で暴れる魂は決まってくる。三次元の状態が、幸せであれば、四次元で暴れる魂はまずない。三次元で不幸な魂が、生霊のようになり暴れるのである。また、四次元が三次元を支配しているので、四次元を動かそうという魂も出てくる。私は、まだこの頃、絶大な圧倒的な力を有する神と話せることに、気が付いていない。ただ四次元全体で私を応援してくれる声を聞いていた。

 第七宗教の概念
 
自分の中で、人類の教えはすべて正しく、すべてがつながり始めていた。宇宙と人類の教えのつながりに、気づき始める。人類が宇宙に足を踏み入れたとき、宇宙と人類の教えに分離が生まれてしまったのではないのだろうか。そこにあるのは人間の驕り。人類の絶対感は、人類の教えが生み出すものである。それが文明の進化という過程の中で、その絶対感を忘れてしまっていたのではないのだろうか。人類にベクトルが存在するのは、人類5千年の教えである。人類はベクトルの中に存在しているのである。人類には、哲学が存在し、絶大な圧倒的な力を有する神の世界を構築するために地球に存在している。すべて神の計画であり、その基でおこなわれると謳うのは聖書である。私に、霊界における密教という概念が誕生する。霊界宗教である第七宗教。三次元にある顕教三次元宗教というが、この第七宗教とは、キリスト教の芸術、すべての宗教と結びついて誕生する。イエスキリストの誕生日が西暦4年で示す西暦4年の謎もここにある。日本では、死という文字を、し、と読む。しは数字で表すと4である。その表す4は、四次元の4のように思える。ここに見るのは、四次元ですべてつながっていることを感じる。四次元は絶大な圧倒的な力を有する神との交わりの場であり、その交わりから人類を進化させ、正しく導いてくれる。人類最古の宗教はバラモン教である。今はインドの宗教でヒンズー教と呼ばれているが、仏教は、バラモン教から進化した宗教である。バラモン教の神はへんてこりんに描かれるのだが、神がへんてこりんだったのではなく、その当時の人類が、まだ神の言葉を理解出来なかったと見るもが自然で、バラモン教で描く神の姿は、四次元での神の姿であると思う。あまり神から怒られるので、仏教へと進化していくのが、バラモン教から仏教への進化だと思われる。2500年たって、仏教とバラモン教が融合することにより、第4宗教は誕生していくのである。人類文明の始まりは、四次元とのかかわりが随所に見られる。バラモン教の描く神にしても、聖書に書かれていることにしても、四次元との関わりの中での会話である。ピラミッドの予言にしても、四次元により予言されたものだと思われる。そもそもエジプト文明そのものが、四次元文明であるように私には見える。ここで現本に書き足したいのだが、霊界の主の言葉によれば、時空とは三次元であり、時空により「光のネットワーク」が存在しそれが曼荼羅だそうである。四次元を聖書では霊界と呼び、精神医学では精神世界・スピチュアリティーと呼ぶ。

母の死

 警備員の仕事を始めて間もなく、突然母が心不全で亡くなった。亡くなる2週間ぐらい前から、胃が痛いと言い始めていた。町医者には診てもらっていたが、胃の痛みが取れないというので、会社が休みの日に、大きな病院に連れて行こうと思っている矢先の出来事だった。不動産会社の友達が亡くなって、まだ3ヶ月しか経っていなかった。さすがにショックは大きかった。父はよく人は寿命で死ぬとよく言っていた。天寿を全うするとよく言うが、人は誰しも天命の中を生きている。
そこにあるのは、善が命で愛がすべてなのである。中国文明の真髄でもあるが、生きることは善が命である。病気にかかっても、その病気を治そうという患者の意思が命であり、
その病気を治そうとしてくれるお医者さんの、
愛がすべてなのである。人間は善によって命を与えられ、神の愛によって、天国の門は開かれるのである。絶大な圧倒的な力を有する神と人類の関係に、人間の一番自然な姿があるのである。母は私にいろいろな事を教えてくれた。
母より愛の強い女性は、誰もいなかった。母の愛の強さが、周りを支え続けたのは誰もが知っている。究極の愛が春華ならば、一番愛の強かった女性は母である。四次元に入ってから、母の考え方がよく解ったこともある。三次元だけでは、人の心の動きはよく解らないが、四次元によって、心を大切にすることが、どれほど大切であるかが身をもって解るようになってくる。人間みんな心が大事。神の言うことは、いつも同じである。それで人類始めて一つになれるのだから。
 母の葬儀には、たくさんの人が、母を惜しんで来てくれた。父の時と、ほとんど変わらないぐらいの人たちが集まってくれた。母ほど愛された女性はいなかったかもしれない。
その愛の強さを、みんなが愛したのだと思う。
 
 交通事故

 不動産会社の友達が亡くなり、母が亡くなった。辛いことが続いていたが負けるわけにはいかなかった。警備員の仕事を続けながら、
借金返しを続けていた。母が、少しお金を残してくれていたので、少し助かっていた。ローンの返済、未納の税金や銀行の利子の返済など片付いたので、少し楽になった。観音様に似た子に会いたくなっていた。しばらく会いに行ってなかったが、歌でも歌って気を晴らしたかった。一人になってしまったが、四次元があると寂しさは、感じなかった。
 彼女に、好きなものを買ってあげようと思った。四次元で彼女に聞くと、テレビが欲しいらしい。店に行って聞くと、テレビが欲しいと言われた。この頃になると、三次元と四次元の考え方が解ってきていたので、あまり驚くこともなかった。光の戦士論の中で書いていったが、三次元と四次元のつながりを知ると、三次元にしても四次元にしても、自然の中を生きることが出来るようになる。第4宗教という概念が出来上がると、最後の段階が残っていた。絶大な圧倒的な力を有する神との交わりである。四次元では、誰の言葉であるのかが解らない。しかし、誰の言葉であるのか聞き返すと、神が教えてくれるのである。光のネットワークをテレパシーや超能力と表現する人もいるが、神の手の中にないテレパシーなど、使えたものではない。光のネットワークは人類の縮図であり、そこに霊界全体が存在する。
神との交わりを、疎外されていたのである。

 私はその日、仕事が早く終わった。まだ夜の2時だった。一旦家に帰ったが、コーヒーが飲みたくなっていた。胃が荒れているので
コーヒーは飲まない方が良いのだが、一度癖になると、なかなかやめられない。車を走らせ、いつも行っているレストランと反対方向のレストランに向かっていた。レストランについてコーヒーを飲んでいたが、霊界では生霊が騒いでいた。レストランを出て、また車を家とは反対方向に走らせていた。少し、ドライブして帰ろうと思った。そこで交通事故にあってしまった。相手の方は、亡くなってしまった。私は、なぜこんなことになってしまったのか、一人で考える日が続いていた。
あの時ああすればよかった。ああしなければ良かったという思いだけだった。私は神を信じ、自分の行いも善を命として、頑張ってきたつもりであった。亡くなった人は、酒を飲んで道路に寝ていた。そこを通りかかった私がひいてしまった。
 人の命は、一つのビックバンであり、その命に魂が宿っている。その姿は、一人一人が地球。私たちは地球という星に暮らしているが、地球で生きていく上で、一番大事なのは魂である。二番目に命で、三番目にお金である。悲しいことに、逆であるような魂も見受けられる。
魂が永遠であることが人類の本質である。その魂が、進化することにより、人類が進化していくのである。魂の進化無くして、人類の進化はない。魂が進化することにより、人類には壮大な夢とロマンが描かれるのである。全宇宙を永遠とするのが人類の仕事である。その全宇宙に笑顔で満ち溢れさせることが、人類の求める姿であり、そのすべてが幸せになることを願うのが人類である。絶大な圧倒的な力を有する神の世界の構築はそこにある。一人の人間として、ベクトルに努力することは、その人の人生を幸せにし、魂の進化が輪廻によって、壮大な夢とロマンに向かっていくのである。その壮大な夢とロマンは、それぞれの人生に幸せを生み出すものでもある。

山積する問題に挑む

 私には、大きな山がいくつも出来てしまった。借金の問題、相続の問題、交通事故の問題、体の健康問題、就職の問題。これらの問題をクリアーしていかなければならなかった。
 私は、これらの問題を前にして、四次元で、絶大な圧倒的な力を有する神と話すことが出来る事を知るようになる。私が四次元に入って、神が現れたとき、死ね死ねと言ったのは、私に県から出て行けと言った政治家だったらしい。私が四次元で、神と予言されていたことに対する、嫉妬とやきもちだった。あの一連の事件の中で四次元に入っていくが、バッキングにしても、その根っこは嫉妬とやきもちである。あの頃の四次元は、ベクトルを破壊しようという動きによって、めちゃめちゃになっていた。そこで私に県から出て行けと言った政治家は、四次元を落ち着かせようとしていくのだが、あまりにも乱暴だった。あの頃、現場事務所で主任と二人で、四次元を落ち着かせるように動いていたが、このベクトルを破壊しようという動きを、止めなければ四次元の安定は、図れなかったのである。

 私の山越えは始まっていくが、まず体の問題である。小便に血が混ざるので、病院で診てもらった。病院の診察では、小さい石が尿管に詰まっているらしい。手術はしたくなかった。そこで水を多く飲むとよいと聞いたので、還元水を飲み、遠赤外線に毎日入るようにした。
すると、一週間ぐらいで石が出てきた。還元水も遠赤外線も予防医学の最先端のものであるが、病気を予防する意味では、これらのものは文明の利器である。還元水に関しては、病気を治す水と言われ、遠赤外線に関しては、最近、病気を治す機械として、厚生労働省から認定を受けたばかりである。
 就職の問題は、車の免許が無くなってしまったので、仕事に就けなくなってしまった。警備員の仕事は、車を使うため、会社は退職せざるを得なかった。車の免許を取り直すまで一年かかるので、それまでは失業保険を貰うしかなかった。自分の会社の団地の分譲を進めていくことが、大事だと考えた。時間があるので、パソコンの勉強をしようと思った。失業保険の受給者に、職業訓練の講座があるので、パソコンの講座を受講するようにした。パソコンは独学で、マイクロソフトオフィススペシャリストの資格は取得していたが、パソコンを基礎から学ぶ、これと無い機会だった。
 相続の問題は、叔父二人に相談しながら進めることにした。兄弟は三人だが、三人だけでは話はまとまらないと思った。相続の場合、兄弟三人いれば三等分という考え方をしがちだが、弁護士に相談したところ、そこに行きつく前に、社会的通念という考え方を基に話し合わなければならないと、アドバイスされた。父の相続の時は、母がすべて相続したので、課税の対象にはならず、兄弟のもめ事もなかった。しかし、今回のように、三人で分けるとなると、いろいろと話し合わなければならなかった。借金や銀行の抵当権の問題、分譲している団地が競売にかかった場合など、会社を整理中での相続の話は、精神的に辛い部分も多かった。相続確定するまでの段取りや三人の話し合いの調整など、二人の叔父に協力してもらい、父が生前兄弟に言っていた形に収まりをつけた。しかし、母が亡くなってから、相続確定まで一年かかったのは大変だった。二人の叔父には、ここでも感謝したい。
次に、交通事故の問題である。交通事故を起こした場合、取らされる責任は、刑事上の責任、行政上の責任、民事上の責任である。裁判を受け、刑事上の責任を問われた。事故の状況などから、一方的に責任を問われるという事はなかった。情状酌量の意味から、罰金刑の中でも、その罪状は憂慮された。
行政上の責任は、一年間の免許取り消しである。車に一年間乗れないと、仕事も何も出来なかった。公共交通機関を使い、行動していた。
民事上の責任は、保険会社に任せた。弟の務めている会社に車の保険は頼んでいたので、弟に助けてもらいながらだった。亡くなった方の実家は遠方の方で、告別式には4時間かけて行ってきたが、告別式で私のいる場所はあるはずもなかった。保険会社の方が、事故の状況などを聞くために何度かみえたが、事故の状況は、うそ偽りなく伝えた。事故の状況による過失割合や示談の金額を決めるため、保険会社の人が動いてくれていた。民事上の責任を含め、交通事故の問題が解決するまで、一年近くかかった。過失割合は、私が6で相手の方が4だった。
亡くなられた方の冥福を心から祈ります。
最後に残ったのは、借金の問題だった。
母が亡くなってから、土地が一つ売れていた。以前に撒いたチラシを見ていたお客さんだった。団地の中の隣の方で、チラシの値段が安かったので、購入することを考えていたらしい。残りは、三区画になっていた。
 四次元では、私に県から出て行けと言った政治家が、ずっと話しかけてきていた。政治的に四次元を利用して、自分の地位を高めようとするのは明白だった。四次元で、その政治家と話していると、観音様に似ている子が出てきて、その政治家と話すことをやめるように、私に言ってきた。私は彼女と話をすることに意識を集中させ、私に県から出て行けと言った政治家と話すのをやめた。
 土地売りの方は、二人の叔父に泣きついていた。銀行の方で、競売の段取りを口にし始めたからである。競売にかかってしまったのでは、自宅も競売にかけられ、無一文になってしまう。人情の厚い叔父が、昔会社にあった協力会の人たちに、あたってくれた。偶然に、2組の人が家を建てる予定だったらしい。叔父に頼んだことにより、商談はスムーズにまとまってくれた。2区画続けて売れたことで、残りは一区画になった。ここまで来ると、銀行も、あまり口うるさくはなかった。今度の支店長は、借金の整理に協力的だったので、銀行でもいろいろ動いてくれていた。借金返しは最後の詰めの段階になってきていた。
そうした中、私はパソコンの講習を受けていた時だった。四次元で私に県から出て行けと言った政治家が、私を危険人物扱い始めた。私が危険人物呼ばわりされる覚えはなく、三次元で国の危険人物のように言われ始めていたのは彼だった。
数日後彼は捕まった。
彼の姿は三次元においても四次元においてもベクトルを否定し、殺し合いの論法を作り出す兵法そのもののように見えた。
 人は、嫉妬とやきもちでも輪を作ってしまう。同化現象がマイナスに作用するものであるが、人類で一番愛される神を殺したのは、嫉妬とやきもちである。人類すべての教えは、嫉妬とやきもちを否定しているのである。
一連の事件の根っこには、嫉妬とやきもちが存在しているのは解っている。それは人の輪を腐らせ、キチガイを作り出していくものである。世の中として、大切にしていかなければならないのは、人類の永遠の作業である。イエスキリストが十字架にかかってから、もう2000年たっている。2000年の進化は、心の2000年の進化でなければならず、その絶大な圧倒的な力を有する神の計画というものに基づいて行われているのである。人類2000年のキーワードはベクトルが絶対であるという、人類の原点に返ることにある。ピラミッドの予言で、男の絶対の神と、女の絶対の神の出現が予言されている。その出現の意味は、西暦2000年に、人類となった最初の姿に帰ることにあったのだと思っている。今、世界の哲学界の中で、絶対無というものが取りざたされている。私が考えると、西暦2000年に、人類の原点に返り、ベクトルが正常な状態に戻ることが、絶対無であると思う。そこに神の計画があると思う。
哲学的なとらえ方や宗教的なとらえ方など、その表現はさまざまであるが、人類にベクトルが働いているのは、人類5000年の教えである。その教えが人類に長寿と繁栄をもたらすのである。動物園の猿の山は、人類の理想の姿のわけもなく、そこにあるのは、人間社会崩壊の姿でしかない。
 
 私はその日、教会で牧師の説教を聞いていた。電話が鳴ったが、でられなかった。教会の礼拝が済んで、電話をかけ直すと、最後の土地が売れたことの知らせだった。地元の不動産会社の先輩からの電話連絡だった。女性の先輩で、友達の不動産会社に一緒に勤めていた友人の一人だった。

 銀行の詰めの話は、優秀な叔父と一緒に行ってもらった。借金返しは、十年あまりやってきたが、私は解放感でいっぱいだった。最後の土地が売れたのは、先輩に頼んだ次の日の出来事だった。私はあらためて、神に感謝した。やり遂げたことに満足し、亡くなった母や友達の死を無駄にしなかったことに安堵していた。借金の整理が始まってから、十年あまりすぎていた。しかし、私は神との交わりによって、借金返済が成功することが出来たと思っている。もっと早く、神と交わることが出来ることに気が付いていれば、交通事故などに出会わなかったと思うと、後悔してならなかった。善が命で愛がすべて。人類の善に対する努力は、絶大な圧倒的な力を有する神の愛により開かれると私は思う。

 聖霊・生霊

 四次元において、聖霊も数多く現れる。
聖霊とは何か、生霊とは何か。この問題は、貞観政要の六正六邪に基づいて考えるのが、一番正解だと思う。六正とは、聖臣、良臣、忠臣、智臣、直臣、貞臣であり、この六正が正しい家臣の在り方であり、人の輪を幸せへと導いてくれる。簡単に言うと、聖臣とは、常に未来を見据え、問題を回避させる。良臣とは、親心を持って、問題を回避させる。忠臣とは、忠実に接し励ましながら、問題を回避させる。智臣とは、知恵を持って、問題を回避させる。直臣とは、正しいことは正しいとはっきり言って、問題を回避させる。貞臣とは、質素倹約を常として、問題を回避させる。簡単に六正を表わしてみた。これらが、六正であり、人の輪を幸せに導いていく魂である。聖霊と呼ばれる魂は、このいずれかに属し、それぞれの六正の融合した姿がそこにある。これは四次元に限らず、三次元においても同じことがいえる。仕事を成功へと導くためには、人の輪というものは本当に大事で、仕事を成功させる為の条件の一つでもある。
次に、生霊である六邪を表わしてみると、六邪とは、見臣、諛臣(ゆしん)、姦臣、ざん臣、賊臣、亡国の臣の六つである。簡単に表現すると、見臣とは、ただ見ているだけのタイプ、諛臣(ゆしん)とは、おべっかを取って遊んでいるだけのタイプ、姦臣とは、物腰は低いが、ロクでもないことを考えているタイプ、ざん臣とは、自分中心で、格好付けばかりで良識のなくなるタイプ、賊臣とは、ヤクザタイプ、亡国の臣とは、まったくでたらめなタイプ。これらが六邪である。この六邪が人の輪に入ってくると、ただ人の輪を壊し、破滅へと向かわせてしまう。四次元の生霊の姿も、この六邪そのものである。
 人の輪にとって、六正を守り、六邪を否定することは、大事な作業となる。四次元で絶大な圧倒的な力を有する神の行っている作業も、この作業になっているところもある。善の煩悩を守り、悪の煩悩を否定することは、人類の永遠の作業なのである。貞観政要とは、中国の歴史の中で一番安定した時代を築き上げた時代の政治の要として書かれた、リーダーの哲学本である。日本でも、古くから読まれ、平安時代からリーダーの哲学として、大切にされている。有名なところでは、北条政子や徳川家康など、その政治の要として貞観政要を大事にしていた。

 四次元ストーリー

 四次元において、第4宗教という概念が誕生したが、その言っていることは、日本の憲法・法律である。その憲法・法律において、良心とは宗教であり、人類の教えはすべて正しく、すべてつながるというところにある。
すべての人類の教えは、四次元において絶大な圧倒的な力を有する神が生み出したものであると思う。
憲法・法律において、缶ズメを作っているわけではない。缶ズメを作ろうとすれば、良心そのものが解らなくなってしまうだろう。悪を認める良心などは存在しない。いつの間にか、形が変わってしまうのである。缶ズメは、腐らなくて長持ちするなどという考え方はありえない。
人類にとって大事なことは、魂に人類の教えを刻みこみ、憲法・法律を大事にして、ベクトルを絶対とすることである。哲学がなければ、世の中には混乱だけしかなくなってしまうのである。人類全体が進んでいく方向性の中で、ベクトルを常に意識するということは、大事なことであり、そのベクトルとは壮大な夢とロマンへのベクトルなのである。
四次元を安定させる為に、第4宗教という概念は大事であり、それが心に安定をもたらしてくれる。 
 また四次元は、コンユーターシステムのマトリックスによく似ている。マトリックスという映画もあったが、コンピューター言語と、人のキーボード操作の中間に位置し、キーボードとコンピューター言語を結ぶ遊びの空間である。その空間によって、コンピューターの作動がよりスムーズに行われ、少しの誤操作にも柔軟に対応してくれる。
絶大な圧倒的な力を有する神と三次元を結ぶのが、四次元によってなされる。
四次元を支配しているものは、すべて永遠のために行われているということである。なぜ四次元というものが存在し、四次元における努力がなぜ必要なのかは、人は心で思った事を頭で考えて行動に移す。人間は、心で努力するかどうかで、決まってしまうのである。
一人の人間の姿の集合体が、人類である。
すべてが永遠のために行われているということが、すべての永遠の真理である。その真理とは、すべてを絶大な圧倒的な力を有する神が守ろうとしていることにあり、それがすべての答えである。
世の中、大事なことは沢山あるが、人間の驕りというものは、否定しなければならない。すべての問題の原因となっているものである。人類の教えは、全部正しい。その中で、ベクトルというものに対し、人間は謙虚でなければならない。人類の絶対感は、人類の教えより生まれるのである。
 Oリングテストというものがある。世の中の不思議な現象の一つと、捉えられているが、これは、早期に病気を発見したり、体に良いものを判別したり、その人の将来を予見したりさまざまな事柄を示してくれる。そこにあるのは、すべての永遠の真理であり、すべての答えである。人類は選ばれた生命体であり、神から愛されているのである。私は胃が痛くて、薬を飲んでも治らなかった時、神から、リンゴ酢を飲むように言われ、その通りにすると胃の痛みは消えてしまった。一人の人間の魂にとって、神は親と同じであり、神に対する考え方も、自分の肉親である親と同じなのである。
神の四次元のエネルギーは、宇宙のスペクトルに作用し、それが人間の生体電子に働いていると、神が言っている。四次元のエネルギーであり、それは神のパワーエネルギーである。
宇宙の外は、四次元である。その四次元に存在する超越したエネルギーを人類が自分のものと出来たとき、人類はまた飛躍的に進化していくと思う。人類の壮大な夢とロマンは、すべての夢となり、すべてに平和をもたらすものである。

 光の戦士論は、統合失調症統合するために完成させていった、私の哲学を書き綴っていったものであり、四次元ストーリービックバン伝説は、18年間の私のストーリーである。
統合失調症の謎に、その症状を持つ一人としてその謎に迫ってみた。地球には様々な謎があるが、すべて肯定すると、すべてつながるのである。今、世界で絶対無という哲学の概念が注目されているが、それもまた四次元の中でつながっていくのである。
 人類に無限を生み出す力は、哲学の答えと悟りにあると私は思う。
哲学の答えとは、すべてのベクトルは宇宙のスペクトルであり、すべて神の愛で成り立っているということ。悟りとは、私の著書である光の戦士論に綴った。
人の人生は、ベクトルを絶対として、すべての永遠の真理と、すべての答えの中におかれる。そこに人類の無限の力が作用することにより、人類永遠の答えとなるように思う。
 それは人類5000年の歴史でもある。人類として守らなければならないものを守ることによって、壮大な夢とロマンが生み出されることを忘れてはならない。

200 8年4月10日 12時00分

春華

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